今中哲二さん講演「被ばく後を生きる」その3

2014年5月25日(日)に、いわき市文化センターで行われた京都大学原子炉実験所の今中哲二さんの講演
 
「被曝後のこれからを考える。飯舘村の初期被曝線量評価からみえてきたもの ストロンチウム90の行方」を3回にわたってご紹介します。
 問題は最早、汚染による被曝をどこまで「ガマンするか」ということ。「福島後の時代」(放射能汚染と向き合わなければならない時代)に私たちはどう生きるか、非常に示唆に富んだお話です。

これまでのお話……

その1はこちら
 → http://fukushimachildrensfund.org/20140730/1431

その2
 → http://fukushimachildrensfund.org/20140805/1441

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◆チェルノブイリと大気圏内核実験

 28年前に事故が起きたチェルノブイリは、ウクライナにあります。首都キエフの北100キロ位のところで、すぐ北にベラルーシ、東にロシア。モスクワから約700キロです。1986年4月26日にドカーンといって、原発の周りは大変に汚染されました。地面の汚染で考えると、福島の事故に比べたらチェルノブイリのほうが圧倒的にその範囲が広いことは確かです。

 もちろんいろいろな意味で問題ですが、日本上空の空気はだいたい西から東に流れますので、福島の場合は放射能の塊の大部分は海のほうへ流れていった──ということはちょっと想像力を働かせれば、新潟の柏崎で同じような事故が起きたら大変なことになるということは容易に想像できます。

 いまの東京のセシウム137の汚染レベルは──もちろん高いところと低いところがありますが──だいたい1平方メートル辺り1万Bqです。いわきの市中心部は5万Bq/hか6万Bq/hだと思います。飯舘村は100万Bq、一番高い所が200万。大阪にもわずかに飛んできていて50〜100Bqですが、これは全然気にしなくていいレベルです。

 私たちが放射能汚染を受けたのは、福島の事故が初めてではありません。1960年代、空からバーッと放射能が降ってきました。大気圏内核実験です。日本は北半球中緯度ですが、1平方メートル辺り、セシウム137にすると3000Bqから5000Bq汚染されました。

 それから50年経ちました。セシウム137の半減期が30年ですので、30年で半分、また次の30年で半分、だいたい50年経ったら3分の1から4分の1位になっています。セシウム137というのは地面にくっつく習性があり、粘土鉱物にくっついたらなかなか離れません。それは日本中どこでも、北海道でも九州でもそうです。いわきでも、山に行ってこの50年間触っていないようなところを深さ20センチも土を取れば、1平方メートル辺り、セシウム137がだいたい1000Bq位あります。

 チェルノブイリの事故の時にも、放射能は8000キロメートル離れたところから日本にも飛んできました。セシウム137による地面の汚染が、日本は1平方メートル辺り100Bq〜200Bqです。

◆チェルノブイリと福島の違い

 チェルノブイリと福島の事故はいずれも大変な事故ですが、その性質は異なります。チェルノブイリの事故は、炉心そのものが爆発して原子炉の半分位が吹き飛びました。そのため、かなりの燃料の組成そのものが外に飛び散っています。「にんじん色の森」といって、チェルノブイリの事故の後には放射能で松が枯れ、数キロにわたって林が全滅するということが起きました。福島の場合は、放出されたのはヨウ素とセシウムが中心でした。

 そしてもう一つ、チェルノブイ原発の原子炉の下には大きな部屋、そしてプールがあり、そこに燃料は広がり固まりました。空気の流れができて固まったのだろうと思います。炉心が吹き飛んだ原発は石棺を作ってその全体を覆いました。いまはそれにもう一枚かぶせる第2石棺を作っていますが、その作業現場の放射線量はだいたい1μSv/hでした(2013年)。福島だったら、1mSv/hとか2mSv/hと、1000倍位強い汚染がまだあります。

 福島原発の場合は冷やし続けなければならないので、とにかく水を入れ続けなければなりません。そこにさらに地下水が流れ込み、汚染水がどんどん溢れていっています。建屋の中に溜まっている水を調べると、セシウム、トリチウム、ストロンチウムなどが検出され(去年)、それは外にも漏れているようです。

 先日、地下水ドレーン(配水管)から地下水を汲み上げて海に捨てました。建屋に入る前の地点で地下水を汲み上げていたのに、それでも1リットル辺り220〜240Bqのトリチウムが検出されました。確かにトリチウムは自然界にもありますが、それはわずか1Bq位です。タンクから漏れているのか建屋から漏れているのか、心配です。地下水に入ってしまったときは、セシウムに比べてストロンチウムのほうが動きは容易で、これもやっぱり海の方にもだんだん流れていっている可能性が高い。

 東電は本当にひどい。こうなることは、2年も3年も前から分かっていたのに、手のつけようがなくなってから、「実はこうでした」と、毎回その繰り返しです。汚染水のデータをみると、「全ベータトリチウム」とありますが、これはストロンチウムだと思って間違いありません。セシウムより明らかに大きい。ALPSとかいう装置で放射能を取り除くと言っていますが、トリチウムは水素そのものです。水素というのは元素番号1番で陽子が1つあるだけです。それに、1つ中性子がついたものが重水素。重水素は自然界に0.1%位あり、放射性ではありません。このトリチウムがたくさん出てきますが、トリチウムは普通の水と同じ動きをするのでお手上げ状態です。それが何十万トンも溜まっています。

 汚染水は最後は固めてしまうしかない。コンクリートなりプラスチックなりに固めて、大きなモニュメントにして残すのが一番だと思っています。トリチウムの半減期は12年ですので、120年経ったら1000分の1、240年経ったら100万分の1になります。

◆「福島後の時代」を生きる

 いま私たちが生きているのは「福島後の時代」です。チェルノブイリの人たちと話をすると、チェルノブイリ事故の前と後で、時代が区切られたと言います。私たちも「福島後の時代」、放射能汚染と向き合わなければならない時代に生きているということです。問題は最早、汚染による被曝をどこまで「ガマンするか」ということだと思います。もちろんそれは被曝するというのは、それなりにリスクを背負わされるということです。

 ガマンすると言ったとき、考え始める最初の目安は1年間1mSv以下の被曝線量です。福島の事故の前から、原発の周りに暮らす人など一般の人々が被曝して許される量(年間被曝線量限度)は1mSv/年と定められています。日本政府はいま、「年間20mSvまで大丈夫」としていますが、それは放射線作業従事者に対する年間被曝線量限度であって、大人も子どもも赤ん坊も20mSvというのは、無茶な話です。

 自然界には元々自然放射線(バックグラウンド)があって、私たちは被曝しています。日本の中でも場所によって違いますが、だいたい年間1mSvで、場所による差は平均すると年間0.2mSv位です。ですので、ガマンの目安としては、自然放射線年間1mSvプラス年間1mSv──地面からが0.5mSv、宇宙線から0.3mSv/h、内部被曝0.2mSv/h──その程度の被曝であれば仕方ないかなと。

 どこまでガマンするかというのは、結局、人それぞれによって違います。年齢、性別、仕事、家庭環境によっても違いますし、地域によって違う。最後はその人のものの考え方、価値感に関わってくるものだと思います。だけどやはり、子どもは感受性が高いということと、将来が長いということで、子どもの被曝はできるだけ避けなければいません。もちろん、東京電力の不始末で私たちが被曝させられるのはけしからんと思いますし、「被曝ゼロ」「汚染ゼロ」と言う権利が私たちにはありますが、実際に汚染されてしまったいま、最後にはどこかで折り合いをつけざるをえないのかなと思います。

 みなさんそれぞれの立場で勉強していただき、また機会があったら、リスクの話ももう少しして判断する際の材料にできればと思います。ありがとうございました。

(了)

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