2025年9月発行ニュースレターNo.31


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みなさま、ぜひご覧になってみてください!
奪われた未来、消せない放射能、削られた人の痕跡
撮影 豊田直巳
開所から14年
たらちねのお話し
認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね
理事長 鈴木薫
https://tarachineiwaki.org
いろいろなことが、まだ終わりではありません。
原発事故は一度起きてしまうと、解決には途方もない時間がかかります。
たらちねは活動を始めてから14年、応援してくださる人々と力を合わせ、子どもたちの健康と未来を守るために試行錯誤してきました。毎年、活動報告書やたらちね通信を発行し、支援者のみなさまには事業報告を行ってきました。今回は、それらの報告書に書く機会がなかった、活動エピソード(こぼれ話)をご紹介します。
たらちねがあるいわき市は、福島第一、第二原発から40~50キロメートルの近い距離ですが、ほとんどの人が原発を意識したことはないと思います。電力会社から原発の危険手当のようなものが支払われてもいましたが、年間4000円程度で、電気料金の中に埋もれてしまい、それが支払われていること自体、知らない人もいます。
プルサーマル計画導入のときも、反対する少数の市民やマスコミの報道など、少し動きはありましたが、だいたいは、自分には関係ないこととして聞き流していたと思います。そんな中、原発事故が起きて、自分たちの地域も被害を受けて被ばく防護に努めなければならい事態は、青天の霹靂でした。
被災すること
突然、被ばくの危険を突きつけられて、放射能の測定をしなければならないなんてことは、現実のこととは思えない状況でした。非日常的なことがいっぺんに起きて、人々の頭の中はかなり深刻なおかしな様子になっていたと思います。
たらちね測定ラボの責任者は、たらちねの職員になる前、2011年に自身の子どもたちを連れて、たらちねのホールボディカウンター測定を受けにきています。でも、その「測定を受けにきた」記憶が蘇ったのは、2018年ごろでした。2014年にたらちねに入所し、測定事業にコアに関わってきましたが、そのことをまるっきり忘れていました。たらちねに採用面接を受けに来たときも、そのことは思い出さず「初めて来た」場所だと思っていたそうです。
2018年に、たらちねでは、心のケア事業を開始しました。その手始めとして職員の被災体験の聞き取りをし、順を追って話をしていくうちに、記憶に埋もれていた「たらちねで体内放射能の測定を受けた」体験を思い出しました。当時は、たらちねがあるカネマンビルは、震災の影響で空き部屋だらけ、薄暗く、ひと気がありませんでした。その薄暗い中を子どもたちと一緒に3階まで上がり、たらちねに辿り着いたそうです。そこに、私と別の職員がいて、私とは、その時が初対面だったことも思い出しました。
被災すると、普段は忘れないような記憶が、心の底に埋もれてしまいます。
双葉郡から避難してきた人の中に、いまだに不安定な二つの世界を生きているような、漠然とした感覚が抜けない、頭がはっきりしない、と語る人もいます。「普段だったら、絶対にない」、ことが起きて、それは今も続いています。
放射能を測定して知ったこと
たらちねの放射能測定は、最初の頃は「本来なら国や行政がやらなければならないことを市民がやっている」と多くの人々が言い、私たちもそうだと思っていました。でも、さまざまな場所を測定したり、データをまとめたりしているうちに、福島第一原発事故だけではない、日本という国の被ばくの歴史を知るようになりました。そして、それらは、学校で習うこともなく、事実について知らないまま2011年の東日本大震災をむかえました。
広島、長崎、第五福竜丸のこと、大気圏内核実験による日本列島の被ばく、そして福島第一原発事故。測定室には、いろんな人が訪れ、いろんな測定の依頼があり、その中には、過去に被ばくした人の骨のストロンチウム90測定など歴史的なものもあり、それらの結果から、自分たちが日本の被ばくの歴史を学んでこなかったことを実感しました。
そして、この被ばくの問題は、市民が科学的に自立しなければ、知ることもないし、知らせることもできないと感じるようになりました。「国や行政がやればいいのか、自分たちは何もしなくてもいいのか」と考えるようになり、市民が科学的に自立する意味の深さも考えるようになりました。
市民ラボの意味と役割
たらちねの測定ラボは、それまで専門の教育など受けてこなかった人々が、試行錯誤しながら、そして専門家に教えてもらいながら、国が行う測定と同等のレベルで、対等に比較できるデータをとる人材を育成する市民科学の場です。
測定は簡単ではありません。ベータ線しか発しないストロンチウム90やトリチウムの測定の難しさはもちろんですが、測定器さえあれば測れると思われているセシウム134やセシウム137の測定も実は奥が深く、ちゃんとやろうと思うと難しい物理の知識も必要になってきます。
たらちねでは、専門家に相談したり、学習会を開催してもらったりしながら、専門家が見ても間違いない測定データを残すために努力しています。測定は技術も必要ですが設備も必要、人件費もかかります。これらのすべてを多くの支援者が支えており、この市民ラボは、そのすべての人々のものなので、末端で活動する私たちには責任があります。
市民ラボとして市民が主となり、本質的に知識も技術も市民自身に蓄積されることを実践しています。専門的ではあるけれども、敷居の低い市民測定室は、被災地にとって見えないものを可視化し思考する重要な場になっていると感じます。
海洋調査
たらちねのベータラボは2014年に開設しました。子どもたちが暮らすところにも、ストロンチウム90などの危険な核種が存在することを国のデータから知り、国が定点と定める山奥や僻地だけでなく、自宅の庭や公園などの身近な場所の測定をし、安全を確かめなければならないと思いました。
翌年の2015年には、東電と全魚連が汚染水の海洋放出をめぐって話し合いを激化させていました。たらちねでは、この動きを見ていて、いずれは東電が汚染水を海に流すかもしれないと心配していました。たらちねは、子どもたちの海水浴の安全を確かめるために2012年から海の砂の測定を継続していました。そして、ベータラボの測定トレーニングの中で、値付けされた標準試料としてセラフィールド再処理施設からアイリッシュ海に流れた汚染水を購入し、クロスチェックを行っていた経験から、海洋に放射性物質を流し続けると、高濃度に汚染されることも知っていました。海水が砂浜に飛ぶ「飛沫」で汚染が陸地に広がることも、セラフィールドの汚染から学んでいました。
福島の海が、いわきの海が、アイリッシュ海のように汚染されたら大変だ、という思いがあり、放出前のデータをとるための海洋調査を行うことを決めました。
海洋調査は苦労の連続です。海洋放出をめぐって立場が厳しい漁業者とのコミュニケーションの構築の苦労など、もちろん分析の苦労もあります。
福島第一原発沖は、警備の規則が厳しく、毎回の調査ごとに海上保安庁に届出をします。始めたばかりの頃は、魚連関係者や海保の人たちから軽く扱われるような蔑視や差別のような印象の対応を受けることもありました。でも、その調査も、今年で10年目です。今は、海上の天候などについて海保から気配りの情報が上がってきたり、「続けることが大事」と協力してくれる漁業関係者からの励ましがあったり、人々の意識面での状況は変わってきています。


総会のご報告
~映画「奪われた村 避難5年目の飯舘村民」&豊田直巳講演会~
2011年6月に活動をはじめた未来の福島こども基金も14年目を迎えました。
おかげさまで今年も埼玉県志木市で、年次総会を開くことができました。
暑い中会場に足をお運びいただいたみなさま、ありがとうございました。
この1年の活動・会計報告(15頁)、代表黒部信一の「身体の症状は、身を守るための防衛反応」(8頁)とあわせてご覧ください。
未来の福島こども基金の活動は、福島原発事故発生後、チェルノブイリ原発事故で被災した子どもたちの支援をしてきた経験から、まずは食べ物からの被ばくを防がなくてはとの思いで、食品の放射能測定器を購入支援して、福島県内に市民測定所を開く後押しをしたことからはじまりました。
みなさんの変わらぬご支援のおかげで、いまでは沖縄・球美の里の保養、いわき放射能市民測定室たらちねの支援をはじめとして、各地で開かれている保養キャンプの運営費支援、就学を中心とした経済支援と、その活動の幅を拡げることができています。
事故から14年、当時の子どもたちは大人となりつつあります。事故当時、幼稚園・保育園に通っていた子どもたちが、まもなく成人を迎えます。被ばくの影響は時間を経てから明らかになる場合もありますし、また2世、3世と新たに生まれ来るいのちに引き継がれることもあります。被ばくしてしまったという事実は消せないまま生きていくことのしんどさ、そして彼ら彼女らに寄りそい続けることの重みを噛みしめています。
今回は、フォトジャーナリストの豊田直巳さんをお招きして、震災から5年後に撮ったドキュメンタリー映画「奪われた村 避難5年目の飯舘村民」の上映と、福島の現在についてお話を伺いました。
まるで事故なんてなかったことのように、人々の記憶から消されていく風景。何百年、何千年と続いてきたいのちの営みはかけらもなくなっていく。あったはずの未来は奪われてしまった。にもかかわらず、危険を承知で原発を推し進めたものたちは誰も責任を問われることはない。
事故をなかったことにされないために記録し、記憶し、語り続けることの大切さを想います。
総会にご参加者くださった方のアンケート回答、寄せられた感想をいくつかご紹介します。

▼Hさん
黒部先生のお話も、豊田さんの映画とお話も、よかったです。2022年の11月に福島を訪ねたときに、被災したままの家が倒れそうなまま残っていたり、道路の陥没や亀裂が残っていたりして、「オリンピックランナーが走るところだけ綺麗にして!」と怒りを感じましたが、いえ、残すことも大事なのですね……と、教えられました。
▼Mさん(郡山出身)
豊田監督の作品を以前に観たことがあったはずですが、すっかり忘れてしまっていて、改めて事故後のことを思い出し、近年の状況も知ることもできました。
たいへん大事な仕事をしていらっしゃると思いました。また何かお手伝いできることありましたら、お気軽にお声かけください。(※総会当日、上映や音響準備の助っ人にかけつけてくださいました。)
▼Sさん
8月2日、「未来の福島こども基金」の総会・ドキュメンタリー映画『奪われた村 避難5年目の飯舘村民』の上映&監督トークに参加。忘れないうちに映画と豊田直巳監督のお話について感想を書いておく。
「日本一美しい村」といわれた飯舘村が東京電力福島第一原発事故によって奪われたもの。故郷、人とのつながり、そして未来までも。
それらを奪ったことが人の命までも奪うことになる。映画の中で義父が102歳で自死した女性が語る。「長生きしすぎた」なんて言わせたくなかったと。百歳のお祝いに村から送られたハナミズキ。そのときの笑顔の遺影。その2年後、全村避難指示が出た翌日自ら命を絶った男性。
そこまで生き抜いてきて、何故自ら死を選ばなければいけないのか。
間違いなく東電の原発に「殺された」のだ。男性は薬の入っていたビニール袋を撚って縄にして、それで首を吊ったという。義理の娘である女性は、「どんな思いで縄を作っていたのか」と。映画を見ているだけ者でも胸が塞がれる思いがする。家族であればその悲しみと怒りはいかばかりか。
測定を続ける伊藤延由さんは、「緑の中に全部、セシウムが入っているってことです。山の木の緑は、全部、セシウムだってことです」と語る。見かけだけ除染したところで、放射能は消えない。山の木にも葉にも土にも放射能は残る。
避難5年目の飯舘村の人たちと一緒に家や土地を回る監督。何年か振りに帰ってきたという人もいる、自宅は傾いている。牛小屋は荒れ果てている。村の人たちは奪われたものを語る。
日本一美しい村に住んでいた人々の暮らしも未来も命までも奪ったものは原発であり東電であり原発を推し進めてきた日本政府。でも、事故を起こした東京電力福島第一原発で作られた電気を使ってきた私たちもまた、「奪った側」であることを自覚しなければならないと改めて思った。だからこそ、その自覚があるからこそ、原発反対の声を上げ続けなければならないと思い、細々とだけど行動しているのだ。
上映後、豊田直巳監督のトーク。
映画撮影時から10年。映画に登場した人たちのその後、村のその後を写真とともに語って下さった。
映画に登場した長谷川健一さんと菅野榮子さんは他界された。
飯舘村の帰還困難区域は一部避難指示が解除されたものの、帰還したのは2割。映画中避難生活をされていた人たちも、いろんな思いを抱えながら村に戻られたという。
伊藤延由さんのいた「農業研修所いいたてふぁーむ」は2千万円かけて除染されたという。除染は雑巾がけ。屋根も壁も人が高所作業車に乗って手作業で行う、その写真も豊田さんが見せてくださった。そうまでして除染したのに、その1年後、解体。豊田さんは「除染で儲けて、解体でまた儲ける」。そうなのだ、原発事故までも「儲けの種」にする連中がいるのだ。
飯舘村だけでなく双葉町、大熊町などの写真も見せてくださった。事故直後、事故から数年、そして現在。人が住まなく(住めなく)なって荒れ、やがて解体され更地となり、そしてそこは草むらとなって解体された痕跡すらなくなる。豊田さんは「スタディーツアーで行っても、前を知らなければそこに何があったか分からない」「記録として撮っておかなければ、なかったことにされる」「記憶しか残ってなければ消されていく」。つまり「なかったことにされる」ということだろう。
豊田さんはトークの冒頭で「山はある。川もある。でも、ないものはいっぱいある」と語った。そして最後に「家が消える。町が消える。でも消えないものがある。放射能」。
映画を見れば、それが何かよく分かる。深く胸に刻まれた。(※会場アンケートでは簡単にしか書くことができなかったので、と後日改めて感想を送ってくださいました。)
未来の福島こども基金のYouTubeでもご覧になれます。
講演の模様
https://www.youtube.com/watch?v=E2PyUu2_Ptk
映画の予告編
https://www.youtube.com/watch?v=RYDgmeLeHmQ
身体の症状は、身を守るための防衛反応(上)
小児科医 黒部 信一
黒部信一ブログ
未来の福島こども基金 代表
チェルノブイリ子ども基金 顧問
数年前に出した本『予防接種のえらび方と病気にならない育児法』(現代書館)を書き直しました。一番のポイントは、病気の症状というのは外から入り込んできたウイルスが起こす、というふうに思っていましたが、それは間違っていたということです。実はウイルスと戦うために、自分が症状を起こしていた。そこがポイントです。
もう一つは、今までブラックボックスに入っていたと言われる、生まれてからの幼児期までの記憶は残るのか否か。これが実は大きな問題を抱えていたことがわかりました。気質とか性質とか一般に精神科医で言われていた「生まれつき」というのが違ったのです。卵子と精子はくっついた後、発育をしていきます。たった1個の細胞が倍々々と増えていきます。それを指令しているのはもちろん遺伝子です。遺伝子が周りの環境によって変化する。発現する遺伝子の性質が変化していく。色んな環境によって、人間というものが作られる。妊娠後期から生まれて以後、2~3歳までの間のことです。
それは4歳になる直前でしたが、私は東京の空襲を覚えていますーーその時期、何か特別なことがあれば覚えている人が多いようです。
今、日本や世界の医療がビッグファーマ(巨大な製薬会社)によって牛耳られています。2000年代に入ってからおかしいと思っていましたが、それがはっきりしたのがコロナのパンディミック。なんと世界中がみんな同じ3社のビッグファーマが作ったワクチンを打った。効くかどうか、副作用も出ているかどうか何もわからないのに実験的に使われた。それに乗らなかったのが中国、ロシア、インド、キューバです。
日本も従来の不活性化ワクチンをちょっと作ったけど、ほとんど政府に無視されました。政府の息がかかっている企業でないと採用されない。
米トランプ政権において保健福祉長官になったのがロバート・ケネディ・ジュニアです。長官はワクチンには副作用があるし有効性にも問題がある、という立場です。ある程度有効性と病気の怖さとかいろんな条件で判断して決めていく。彼が長官になったおかげで、食品に使われている化学物質などの規制が一部で始まっています。そういう立場の人がトランプさんの福祉長官になった。その時の諮問委員会メンバー17人を全部首にして新しくした。少なくともトランプさんは企業の言いなりにならないので、その点はいいかなと思っています。そんなことが世界では進んでいます。

今日は「体の症状は身を守るための防衛反応」である、ということを話します。実はこんなことを言ったら製薬会社にとっては大変です。解熱剤はもちろん、咳止めも痛み止めも使ってはいけない。これはみんな防衛反応だ。自分の体が自分に教えてくれている。もっと進めば不安もそうです。自分自身に教えてくれている。だからそれは止めない方がいい。できるだけ薬を使わないで治す。痛ければマッサージしたり揉んだりして、冷やしたり温めたりして治す。
ちょっと疲れたなと感じたら頑張らないで休んでください。ただの疲れで病気じゃないなどと思わずに、なんかかったるいな、と思ったら、それは一種のサインです。休みましょう。そうすると薬はいらなくなります。
「進化」ということを考えているアメリカの人たちが言い始めています。ミシガン大の進化生物学ランドルフ・ネシー教授は、1980年にミシガン大の鳥類学者が言い始めたが、未だに医学界では取り上げられていない、と。それがある程度まとまってきて、2001年に本が出ました。
傷の湿潤治療という画期的な方法が未だに外科学会を通りません。消毒という考え方はもう古い。洗浄、きれいにする、洗い流すという考え方になっています。それを比較的先進的に取り入れているのがスウェーデンで、スウェーデンの手術室ではマスクをしている医師は少ない。手洗いも非常に簡単です。手袋すればいいぐらいで、消毒という考え方が変わってきている。だけど日本にそういう考え方が到達するのまではずっとかかるだろうし、世界全体が変わるのはもっと遅いかもしれません。
動物実験などでは、寄生した病原体がいろいろと遺伝子を操作して別の症状を出したりする事例があります。人間でもそういうことがあるのではないかとは言われていますが、はっきりしたことは分かっていません。
コロナのmRNAワクチンは危険なワクチンです。何が起きるかわからない。一つわかっているのは狂牛病です。狂牛病の原因となる遺伝子はなかなか取りきることができないのですが、それがmRNAの中に入っています。世界的では今までに約100人前後、日本で10人前後、狂牛病様疾患を発病しています。その危険性を遺伝子学者は警告していましたが、実際に出てしまった。 そういう問題が今起きています。
とにかくワクチン、ワクチンと言って、ワクチンに煽られて一生懸命取り組んだけれど、そんなにワクチンは効果がなかった。
いろんなことが言われています。6割ぐらいは効いたのではないか。症状が軽くなった。
プラシーボ効果(偽薬効果)というのは世界のいろんな統計で平均すると、効果があるのは55%と言われています。6割効いたって差はありません。ワクチンが効くなんていうのはまやかしです。「効くかどうかわからない」というのが正確な言い方です。
動物の研究でわかったのは発熱についてです。ウイルスや細菌に感染すると、動物は2度体温を上げるのだそうです。36度だったら38度へと。これは人間では分からなかったことです。人間は適当に上手く対応しています。自分の上げる体温で、ここまでなら対応できると判断したところで止めている。 それぞれ一人ひとり違いますので、2度とは限らない。だから熱を解熱剤で下げてはいけないんですね。
人間で言われているのは、インフルエンザ、水疱瘡に解熱剤を使うと、ライ症候群になるということです。未だにライ症候群が出続けているのが日本と韓国です。世界ではもうほとんどない。これで日本と韓国がいかに解熱剤使っているかがわかります。
麻疹というのはさほど怖い病気ではありません。ただし解熱剤を使ったら大変です。脳炎を起こす。解熱剤使わなければ脳炎を起こしません。
だんだん人間とウイルスは共存するようになっていきます。ウイルスは細菌のように延々と繁殖するのではなく、ある一定期間を過ぎると繁殖を止めてしまいます。だからじっーと待っていると繁殖が止まり、病は回復に向かっていきます。
脳炎を起こした人をチェックすると、全員が解熱剤を使っています。
コロナウイルスが繁殖し続けてしまったら、感染したその人は死んでしまいます。そうするとコロナのウイルスも一緒に死んでしまいますので、次の人に移れなくなってしまう。つまり、繁殖できなくなってしまう。だから、種族を繁栄させるためには、適度なところで止めて次の人(宿主)に入りこまなければなりません。そのために、そういった遺伝子の操作が働いているわけです。適当に止めて次に移る。
感染症というのは罹った人すべてが死亡するわけではありません。多くは人間(宿主)の体調で発病しなかったり、発病しても重症度はいろいろと変わる。コロナは特殊なウイルスなので、子どもや若い人たちはほとんど持っていません。持っていても発病しないか、したとしても軽く済んでしまいます。 だからばらまかれて蔓延するわけです。
それを大騒ぎして、PCR検査だ、陽性だ、といって隔離したりしたことが間違いです。しかし、そんなこと誰も言わない。 ネットでも、そんなことを書くと削除されてしまいます。
(つづく)
8月2日の総会でお話した代表・黒部信一の話を2回にわたってお届けします。
なおこの模様は、当基金のHPとYouTubeチャンネルでもご覧になれます。
黒部信一の話:https://fukushimachildrensfund.org/20250802-kurobe/
Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=4C8euE3pkAc&t=4s
資料:https://fukushimachildrensfund.org/wp-content/uploads/20250802_kurobe_doc.pdf
子ども応援金~保護者の声
(病気の子ども支援、高校生支援)
Sさん
元気にサッカークラブを楽しく活動することができました。ピアノ教室は、4月の音楽ホールでの発表会の出演を最後にやめました。サッカーの時間と練習時間が被ってしまうので、仕方ないかなと思いました。兄の高校の文化祭を訪れサッカー部コーナーのシュート体験では、きびきびと動き、的に当てていたので、顧問の先生にほめられていました。成長を感じました。しかし、学習は苦手で、他の小学校の支援教室に定期的に通っていて担当の先生に、もうこの教室は卒業といって貰えたのですが、文字を捕らえる力が不足しているので、まだ通っています。上の兄たちが、親離れをしている中で、4男は両親に明るく元気に寄り添ってくれます。この時間を大切に
に過ごしていきたいです。
Uさん
福島から沖縄の離島で10年程過ごし、子どもたちの進学に合わせて沖縄本島に移住してきました。コロナが収まって4年振りに両親に会った時に、当たり前だけど想像していたよりも歳を取っていました。悩んだ末、少しでも側にいたくて関東に移住を決めました。 震災の頃は、まだまだ母親の手を借りたいと甘えていた子どもたちが、将来の夢を膨らませ勉強を頑張っている姿に、自分がこれまで踏ん張って来たことを誇りに思えました。
Mさん
避難生活が続いていますが、この1年、母子共に体調不良継続あり。停滞期と活動期を繰り返しています。共依存に気付いた私は、子どもの停滞期の荒れ具合にトラウマが反応して後からの健康障害に影響が出ています。医療機関だけでは、望むような変化を期待できませんので、自身でいろいろと学び、心身を整えることをしています。
また、子どもへ専門家の定期的な継続介入が必要ですが、不登校生の専門家が公的機関にはおらず、サポートがほぼないのが現状です。義務教育を受けられていないため、時間と教育費用が膨大となっています。
Oさん
おかげさまで部活動、勉強、生徒会活動に励むことができました。新しい部活用品で陸上の自己新記録を出し続けることができ、彼女が頑張る姿が下の弟妹にもとてもよい影響になっています。
Hさん
知人からの紹介で山形県にあるキリスト教独立学園を受験しました。一度不合格でしたが、再挑戦し合格しました。とても歴史のある学校で78期生です。娘がこの学校での生活を強く望みました。
沖縄・球美の里の声

球美の里は2025年3~7月5回ファミリー保養を行いました。
3月は、3・11東日本大震災の追悼をして、祈りを捧げました。
なんくるさんしんの先生とボランティアのお兄さんのコラボ演奏が心に染みました。3月2回目の保養のさんしんライブも大いに盛り上がりました。
4月は雨で室内のウミガメ館を見学しました。ウミガメがエサを食べるのを見ました。環境問題の勉強にもなりました。
5月の保養では、畳石ビーチへ磯の生き物観察に出かけたら、生き物博士の小川先生にバッタリ!
同5月にはフェアトレード企業ネパリ・バザーロさんがお掃除に来てくださり、本当に助かりました。
7月は最高の海日和。イーフビーチでも、ウミガメに会えました。畳石ビーチではワニゲームや浅瀬で鬼ごっこをして楽しかったです。
コロナ禍から始まったファミリー保養も今年7月で60回を数えました。ファミリー保養は2~3家族、約十名が5日間球美の里に滞在します。他にプログラムは泥染め・シーサー作り・さんしんライブなどで、保養を通じて心身をリフレッシュしています。
保養風景のカラー写真はぜひ、「沖縄・球美の里」のSNS
ブログ http://kuminosato.blog.fc2.com/
インスタグラム @kumino_sato をご覧ください。





保養受け入れ団体の活動(2025年9月現在)
子ども未来・愛ネットワーク(岡山市)
実施済)3/25~3/30 渋川青年の家
子ども13 人 大人7 人
来年計画)2026/3/26~30 玉野市
せとうち交流プロジェクト(岡山県瀬戸内市)
実施済)3/30~4/4 ユースセンター牛窓
子ども19 人・大人10 人
*子ども未来・愛ネットワーク(3/25~3/30)とリレーで保養実施。天然酵母パンほか、
食へのこだわりが保養者さんにも好評。
福島の子どもたちを守る会北海道(札幌市)
実施済)8/3~8 札幌市リリコハウス
さよなら原発ママパパ
美作ネットワーク(岡山県津山市)
実施済)7/25~8/1
倭文の郷・久米ロッジ 9 家族25 人
*地元津山の4 家族13 人も1 泊2 日交流、毎日1 時間の学習支援も。
心援隊「2025 年夏休み☆
親子でひと休み保養」(大阪府松原市)
実施済)7/29~8/5 吹田市モモの家
1 家族3 名
福島の子どもを招きたい!明石プロジェクト
(兵庫県明石市)
実施済)8/15~18
姫路市カトリック淳心の家 4家族13 人
*3/16 にも須賀川市藤沼湖自然公園にて春の交流イベント「日帰りたこキャン」を実施。
はちみつ会
保養プロジェクト(東京都町田市)
実施済)5/3~5/5
山形県最上郡 若あゆ温泉あゆっこ村
*初めての山形の会場で、最上のみなさんの力も得て、無事開催。
母ちゃんず こどもたちの未来をまもりたい
(神奈川県相模原市)
実施済)8/1~8/4
藤野体験の森やませみ(往復送迎バス有)
保養の旅 えんむすび(奈良市)
実施済)7/28~8/1
青少年野外活動センター 5 家族13 名
福島こども保養プロジェクト
@練馬(東京都練馬区)
実施済)8/1~8/4
埼玉県飯能市の山荘
ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ(京都市)
実施済)8/13~19
南丹市園部町NANTAN 交流の家
参考情報)保養情報サイト「ほよ~ん」、リニューアル(公式サイトより)
2025年2月に保養マッチングサイト「ほよ~ん相談会」が事情により終了しましたが、新しく保養情報のホームページができました。
保養情報サイト「ほよ~ん」 https://hoyoon.jimdofree.com/
保養一覧 https://bit.ly/3FhX6Et
インスタグラム「うけいれ全国保養情報」 https://www.instagram.com/hoyou_311/
原子力防災「放射線被ばく防護士」養成講座 第1期 実施報告
NPO法人みんなのデータサイト
中村奈保子 阿部浩美
2024年7月から2025年6月にかけて実施した「放射線被ばく防護士」養成講座は、福島県浪江町津島地区を中心に実地研修を行い、放射線に関する知識を深めるための重要なプログラムとなりました。この講座は、福島第一原発事故の教訓を基に、地域住民が自ら判断し行動できる力を育成することを目的としています。
津島地区の現状
浪江町津島地区は、2011年の福島第一原発事故以降、98%以上が帰還困難区域として指定されています。この地域では、住民が家を失い、生活環境が著しく変化しました。今野秀則さんは、地域住民の声を代弁し、「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」を提起し原告団長を務めています。この訴訟は、国と東京電力に対して原状回復と損害賠償を求めるもので、住民の怒りと無念を反映しています。
講座の内容と目的
本講座では放射線の基礎知識から、放射性物質の性質、健康影響、さらには災害時の判断ポイントまでを体系的に学ぶ機会を提供しました。特に、オンラインの基礎学習や実地研修を通じて、参加者は実際に放射線測定を行い、原発事故被災地域の現実を直視することができました。
実地研修では、津島地区を訪問し、放射線測定の実習を行いました。参加者は防護服を着用し、線量率計を使って実際の放射線量率を測定しました。この経験は、放射線のリスクを理解し、地域での防護の重要性を再認識させる貴重な機会となりました。
参加者の声
参加者からは、「原発事故のリアルを知ることができた」「市民が自ら判断し行動するリテラシーの必要性を痛感した」との感想が寄せられました。特に、今野さんの話は、避難計画が現実に即していないことを強調し、地域住民が直面している課題の深刻さを伝えました。
今後の展望
本講座を通じて、参加者は放射線に関する知識を深めるだけでなく、被災地の現実を直視することで、地域社会における防災意識の向上が図られました。特に津島地区の実情を知ることは、今後の原発事故からの防災活動において重要な教訓となります。
今後も継続的な学びと地域での実践が求められます。私たちは、原子力防災に関する知識を地域に広め、次世代に伝えていく責任があります。この講座を通じて得た知見を活かし、地域の防災力を高めていく人たちが増えていくよう目指します。
第2期の開催予定
オンライン基礎講習:2025年9月
9/13, 9/20, 9/27, 10/4, 10/11, 10/18
(計6日・12コマ)
各土曜日の午後7時~午後9時に開催します(アーカイブ視聴も可)
実地研修:11月22~24日(2泊3日)
※オンライン基礎講習のみの参加も歓迎します。
※実地研修に参加を希望する方は、必ず基礎講習受講とセットでお申し込みください。
基礎講習を修了した方のみ、実地研修に参加することができます。
詳細はこちら
https://minnanods.net/bougoshi/entry-1764.html#event
第2期の開催予定
存在や想いや行為などを伝えたり残す手段として言葉や文字が生まれ発展してきました。
漢字圏ではそれぞれの発生や意味合いから生まれてきた文字にはアルファベットや記号などにはない魂が宿っていると考えられました。
福田博子の筆さばきは心を高く遊ばせて、言霊を有する文字達の形式美を超えた表現をしています。観る人の感性でどうとらえるかは自由です。
未来の福島こども基⾦ 2024年度決算報告 (2024.6.1〜2025.5.31)
福田博子 遊筆展 にようこそ
存在や想いや行為などを伝えたり残す手段として言葉や文字が生まれ発展してきました。
漢字圏ではそれぞれの発生や意味合いから生まれてきた文字にはアルファベットや記号などにはない魂が宿っていると考えられました。
福田博子の筆さばきは心を高く遊ばせて、言霊を有する文字達の形式美を超えた表現をしています。観る人の感性でどうとらえるかは自由です。
主催者代表 鍵和⽥美津⼦
お知らせ
- 今年も暑い夏でした。まだまだ暑さは続きそうな気配です。ご自愛ください。
暑さに加え、豪雨・土砂災害に遭われたみなさまにはお見舞い申し上げます。 - 今回、チラシを同封させていただきました上記の「遊筆展」。当基金との共同開催です。お近くの方、ご都合のつく方、ご来場をお待ちしております。
- もう2つチャリテイベントの紹介。(関東地域だけで恐縮です。詳細は主催者に問い合せください)
🎵吉祥寺チャリティライブイベント
フクシマを思う 第36回
講演 野池元基さん
(農民・雑誌発行人・電通研)
演奏 坂田明さん(サックス)
栗田妙子さん(ピアノ)
朗読 金子あいさん(俳優)
10/30(木)19:00開演
武蔵野公会堂 パープルホール
主催 フクシマを思う実行委員会
*問 fkomou★gmail.com🎵チャリティーコンサート No.16
紙芝居 岡洋子さん
(主に浪江町を中心に震災を語り継ぐ)
演奏 佐々木葉子さん(マリンバ)
12/13(土)開場1:30 開演2:00
会場 スペースオルタ(新横浜)
主催 フクシマ応援隊
後援 未来の福島こども基金
チェルノブイリ子ども基金
*問 fukushima-oentai★ymail.ne.jp - 来年(2026年)のチェルノブイリ・福島 救援カレンダーは9月末に完成予定です。制作はチェルノブイリ子ども基金です。前号でお伝えしましたウクライナの子どもたちが描いた鮮やかな色使いのガラス絵やウクライナ・ベラルーシの子どもたちの保養の様子などの写真が掲げられています。申込用紙付きのチラシを同封しました。受付開始は10月1日からです。
- みなさまにお届けしているこのニュースレターは、活動報告・寄付金の使途報告を基本としています。webにも掲載します。写真もカラーでご覧いただけます。webで見るので送付不要という方は事務局までお知らせください。また、一律に振込用紙を同封していますが強制するものではありません。すでに会費、カンパを振り込まれた方はご容赦ください。
引き続きみなさまからの応援、ご協力をよろしくお願いいたします<(_ _)>
未来の福島こども基金YouTube
「カテリーナコンサート」
「渡辺久子先生講演会」
「その日はいつか(希望のもしも)」
「⿊部信⼀ドクター ⾝体の症状は⾝を守る防衛反応」
「豊⽥直⺒講演『奪われた村 避難5年⽬の飯舘村⺠』から10年」
未来の福島こども基金 規約
1、本会の名称 :「未来の福島こども基金」
2、目的: 福島原発震災に遭った被災者を支援するため、情宣・募金活動を行う
3、会費 :3000 円、学生会員 2000 円、維持会員 1 万円の年会費を納入する*
4、役員:若干名の世話人をおく。世話人の中から代表、会計、監査を総会において選任する
5、会員はそれぞれ可能の範囲で創意工夫して自由な支援活動を行う
6、本会は印刷物、メール、ネット、等の媒体を通じて適宜活動報告を行う
7、毎年 1 回、総会を開き、事業および会計について報告する
8、事務局:埼玉県志木市
9、活動開始:2011年6月1日より(会計年度6月1日より翌年5月31日まで)
※会費には寄付金も含まれます。
※経費は募金額の1割以内をめどとする。
※当基金は任意団体です。税金控除の対象となりません。ご了解ください。
継続支援のお願い
引き続きのご支援をお願いします。すでに振り込まれた方はご容赦ください。
また、チラシをまわりの方に広めていただける場合、枚数をお知らせください。お送りします。どうぞよろしくお願いいたします。
郵便振替口座
振替口座: 00190-0-496774
口座名: 未来の福島こども基金
他の金融機関からゆうちょ銀行へお振込の場合
店番 : 019
店名 : 〇一九店(ゼロイチキュウ店)
預金種目 : 当座 0496774
三菱UFJ 銀行 神楽坂支店
支店名: 神楽坂支店(支店番号:052)
口座名: 未来の福島こども基金
口座番号:普通口座0064011
海外から送金の場合 – Remittance from Overseas
– Remittance from Overseas
BENEFICIARY’S BANK/ACCOUNTBANK:
THE BANK OF MITSUBISHI UFJ, LTD
3-7, KAGURAZAKA, SHINJYUKU-ku,
TOKYO 162-0825, JAPAN
BENEFICIARY’S BRANCH:KAGURAZAKA BRANCH
SWIFT/BIC:BOTKJPJT
ACCOUNT NAME:Fukushima Children’s Fund
c/o Mukai Tate 2-3-4 409 Shiki City Saitama.
353-0006, JAPAN
ACCOUNT NUMBER:052-0064011

HP:https://fukushimachildrensfund.org/
FB:facebookページ
事務局:〒353–0006 埼玉県志木市館 2-3-4-409 向井方
TEL 090-3539-7611 FAX 048-470-1502
Eメール:info*fukushimachildrensfund.org
(Eメールの「*」は「@」に変えてください)











